会社の中庭に生い茂った樫の老木があります。もう何年も剪定をしていません。うっそうとして伸び放題の巨木になり、三階のベランダから見ると、目の前、目の丈を越えて庭の空間を覆うように枝葉を広げています。毎年その時期になるとたくさんのドングリが実を付け、庭に面した事務所で事務を執っていると、間断なくドングリの落ちる音が聞こえます。庭に面した廊下には、落ちて跳ねたドングリがいくつも転がります。庭の所どころ、ドングリが敷き詰めたようにたまっています。子供のころ、まだ樫の木が若くドングリの実が少ないころ、わたしは貴重品のように落ちたドングリの実を拾って遊んだものです。
その枝の茂みの中にカラスが巣を作っていると、隣のビルの人が教えてくれました。庭からは見えないのですが、隣の駐車場の、空き空間を隔てたビルの上階の窓からは見えるのだそうです。以前にサギのつがいが巣を作ったことがあり、巣の下の庭はそのあたり糞で白くなりかなり汚されました。サギは羽の白さで、庭からでも枝の隙間に確認できました。子育てが終わると間もなくいなくなりました。幾つか枝分かれして囲まれる形になった格好の場所があって、カラスは同じ場所に巣を作ったのです。
時あたかも、鳥インフルエンザとカラスの絡む出来事が新聞で報道されていました。それでなくとも街中のカラスは雑食でゴミの散らかし屋で嫌われています。近隣に飛来する図ずうしく迷惑なカラスが、よりによって会社の中庭に営巣していたとは…。
雑食ではカモメもそうです。観光港で餌を与えている人をみます。餌を空中に放り投げるとカモメは上手い具合にクチバシでとります。慣れたもので、与える人の手に触れんばかりにして餌をとります。餌を与える人の足下に落ちた餌にもありつこうと、カモメは遠巻きに群れています。が、さすがに側に寄れません。人の足下にはちゃっかり堂鳩が餌を拾っていました。
海からは相当に離れている山手の遊園地入り口の橋の欄干に、カモメが数匹並んで留まっているのを見かけたこともあります。羽が白いのですぐにそれと判りましたが、川に沿って移動したのでしょう。場違いなのに驚きました。
知人の話です。観光港の側のテトラポットの上で昼食代わりにホットドッグを食っていたのだそうです。不意に頭上後方に風の動きを感じました。それが翼の動きと後で判ったのですが、何となく沖の船に見とれた一瞬に、鳶にホットドッグをさらわれたのでした。鳶はどこかから窺っていたのでしょう。知人はホットドッグを、丁度中ほどに捧げるような構えで見とれた一瞬を狙われたのでした。鳶はほんとうに油揚げが好物だそうです。『鳶に油揚げをさらわれた』(ふいに横合いから大事な物を奪われることのたとえ=大辞泉)は事実だそうです。鳶はクチバシでなく足で捕っていきました、と知人は言いました。わしづかみですね。そうですね、まさに鷲掴みでした。
物の本によると、鳶はタカ目ワシタカ科です。ちなみにカモメはチドリ目カモメ科で嘴太カラスはスズメ目カラス科です。
隣の駐車場との境の煉瓦積みの塀に登り確認すると、なんとクリーニングに出したときついてくる色とりどりのビニール皮複線のハンガーで巣作りをしています。町場のカラスは巣作りの材料が木製でなく鉄骨製です。
早速塀に登り、長いスチール物干し棒で巣をつつきました。カラスが三.四羽上空を旋回し、あるいはビルの屋上に止まり騒ぎ立てます。襲われるとは思いませんでしたが、不気味です。幾つかハンガーを落としましたが、手前の枝が妨げになり思うようになりません。そこで鋸のついた高枝切りで、枝の切り落としにかかります。それほどと思わなかった枝が、庭に落ちてみて意外に大きく太い枝だったのに驚きました。樫の幹は、子供のころ木登りした大きさとはまるで違って太く抱えるほどになっています。手前の枝がなくなり見通しの良くなったところで、わたしは意地になって巣をつつきました。数本は木の枝に残りましたが、悪戦苦闘の末落としたハンガーはなんと五十本以上ありました。よく集めたものです。
あとで知ったのですが、近所のビルの広告塔の内側に、カラスが巣を作っていたことがあるそうです。ちょうど卵を抱えているときで、撤去するのに苦労したそうです。ヘルメットと防塵眼鏡をしての完全武装だったとのことです。そしてハンガーは百数十本もあったそうです。
樫の木の巣あとにその後も一、二度カラスが戻ってくる気配を見せました。手前の枝がなくなり裏の二階の廊下から、その場が丸見えです。わたしの姿を見ると、カラスは警戒の鳴き声をあげて飛び去りました。人目にさらされるようになって、その後その巣は空き巣ならず空巣(からす)です。