蛙天国蟻地獄 |
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松 下 好 孝 |
会社のライトバンを、自宅との往復に使っている。自宅での駐車場はとなりのあき地で、それも林に隣接しているところを借りている。
梅雨が明けて、雑草はいっそう勢いをまして伸びている。が、車を止める場所が決まっているので、そのあたり土が露出して草はまばらになっていた。ギヤーをバックに入れて、舗装道路からはずれてその位置に車を止める。慣れているので、ほとんど同じ場所におさまる。
一日の仕事を終え、ほっと安堵しながらシートベルトをはずし、車のドアーを開けて外の地面に一歩降りたところで、何かが跳ねた。はて、とわたしはそのあたりに目を凝らす。と、揺れる雑草の下に四、五センチほどの蛙がいた。(こんなところに、かえるが…)と思い、近くに池があるわけでもないのに、と思いながらも、わたしは蛙を踏まぬように気をつけながら、車のドアーをロックした。
翌日、帰宅して車を後進で所定の位置へおさめ、そして車から一歩地面に降りたとき、何かが跳ねた。(おや!)と思って目を凝らすと、きのうと同じつち蛙だかあか蛙だか、まだらのある蛙がふんぞりかえっている。これを偶然と言うのだろう。
翌々日、帰宅して車を降りると、足もとでまた蛙が跳ねた。(なんと、なんと…)同じ奴だ。あごの下の白いところをひくひくさせて、わたしをうかがっている。棲みかでもあるのかとそのあたりをしげしげと見るが、それらしいものはない。そのとき、もういちど跳ねて、蛙は雑草の奥へ姿を消した。
その夜の食事どきに、わたしは息子たちに三度も同じ蛙の出迎えをうけた話をした。「そんなのぐうぜんよ」
細君は問題にしなかった。
「林のなかか近所の庭に、池のようなものがあるのかな」
高校生の息子は、わたしと同じことを思っている。
「かえるは棲みかから遠く離れたところに行っていても、もとのところに帰ってくるらしいよ。だからかえると言うんや」
「うっそ!ほんと」
中学生の次男が父親の話に、はやりの言葉で応じる。
「ぼくは庭の木の葉にのっているあまがえるをみたことがあるよ」
中学生がつづけた。
四日目、車を降りるとき、わたしはある期待を持った。しかし、まさかとも思った。二度目、三度目は蛙が跳ねて―そうだった、かえるがいたのだ―と思い出した。前の日に見たことなど、すっかり忘れているのだ。もし今日いれば、何をか言わんやである。一歩踏みだすと、はたしてあの蛙が跳ねた。
これはもう偶然ではない。そこで必然を考えた。轍のあたりは土があらわれて草がない。この状況と、帰宅時間の夕暮れどきが、蛙にとって獲物の捕りやすい時間であり、場所なのかもしれない。偶然の重なりをこう理解して、わたしは独り合点した。
「どうした、なにがとれるんだ」
犬か猫に話しかけるように、その蛙に親しみを感じてわたしは声をかけていた。
だが五日目、あの蛙は跳ねなかった。やはり偶然だったのか。その後も、わたしはついに蛙を見ることはなかった。
車を運転していて、フロントガラスの内側を小さな虫が数匹動いているのに気がついた。蟻だった。野ざらしに置いている車のタイヤから、伝いよじ登ってきたのは容易に想像できる。なぜ自動車になんか? 餌を求めて彷徨って、蟻は別世界に迷いこんだようなものだ。ハンドルの前のフロントや計器類のところを通る蟻を、わたしはそれからなんどか見かけ、なんどか指で押しつぶした。
会社での駐車場は、近くのガソリンスタンド裏の地面が露出したままの空き地を借りている。隅っこには雑草が生え、雨が降れば水たまりができる。そんなとき、つばめが巣作りの土をついばみにくる。ときにとんぼが迷いこみ、水打ちをして産卵する。車に載ろうとして、わたしはふと、ライトバンの屋根の上の異物に気がついた。昆虫の死骸だった。
よく見ると蟻がたかっている。たかるという表現はいささか大げさで、二十匹たらずが昆虫にとりついていた。とっさに、わたしは昆虫の死骸を手で払い落としていた。何匹かの蟻は昆虫と一緒に地面に落ちた。とりのこされた蟻は対象を見失って、屋根のそのあたりをうろついている。わたしはそれ以上、払い落とす気にならなかった。午前のこととはいえ、真夏の陽にあぶられて、屋根の鉄板はかなり熱くなっていた。蟻は棲む環境に適応しやすいのだろうか。思わず払った指に力がはいっていて、いつまでも痛く、熱い感覚がのこっていた。
あきらかに、かれらはこの車で棲息している。この文明の利器のなかが、かれらの世界になっているのだ。それにしても、蟻はあの昆虫の死骸をどこに運びこむつもりだったのだろう。
その後も、わたしは車のなかで蟻を見かけていた。会社が夏期休暇になったその日、わたしは会社に出勤し、雑用をすませ、まだ陽の高い中途はんぱな時間に帰宅した。待ちかまえていた細君が、墓掃除に行けとバケツや草取り道具を押しつける。墓苑は車で行けばそれほど遠くはない。乗って帰ったばかりのライトバンと格納している自家用車を取り替える間もなく、高校生の息子と一緒に追い出された。中学生はテレビの高校野球を観戦中で、父親や兄の誘いにのらない。しかたなく二人だけで行くことにした。息子を助手席に乗せ、車を運転しているとハンドルの前のフロントを蟻が這っている。
「もう、かなり前から蟻がいるんや」
車に棲んでいる蟻のことを、わたしはうんざりだと言う思いで息子に話した。
「車に蟻が棲んでいるのを考えると、地球に人間が住んでいるのと同じみたいやな。地球だってかなりのスピードで回転している。だけどその回転を人間は感じないでいる。蟻だって、車が止まっているのか動いているのか、判っていないだろう」
車に棲む蟻をたびたび見ているわたしは、奇想天外な思いにとらわれはじめていた。こんな青臭い考えも、高校生の息子にならば嗤われはしないだろう。その思うところを、これ幸いに息子に饒舌した。逃げようのない助手席で、息子は父親の独りよがりで面妖な話の聞き役にされ、てきとうに相槌を打たねばならなかった。
「蟻にとって、車から地面への脱出は異次元の世界に戻るほど、至難なことかもしれんな。たしかに、車輪を通じて道はある。あるけれども走っているか止まっているか解っていない状態では、道があることが判っていても…」
言いながら、わたしはハンドルの向こうのフロントを這っている蟻を指で追った。
「蟻の目には人間は大きすぎて、こうして指で触れるまで解らんのやが、神の存在も大きすぎて、人間の目には見えんのかもしれんな。神のコンタクトがあって初めてその存在を識るか、そのコンタクトさえ気がついていないのかもしれん」
この父親は何を言いだすのかという顔をして、息子はわたしの運転する横顔をちらちらと見ている。
「蟻にとって、自動車は宇宙船地球号かもしれんよ」
息子はそう言って苦笑した。
「昆虫と一緒に落ちた蟻のほうが、助かっているのかもしれんと思うんや」
車の屋根の昆虫に、蟻がたかっていたことの関連でわたしは言った。
「もし車体にとりついている蟻が、足の力を抜いたとしたら、いま蟻の棲んでいる世界の車から落ちることになるけれど、それは結果的に、地上にいることになる。地上に還っていることになる。つまり、より生きることになる。うまく言えんけど…。力まずに、ときには力を抜いてみることも必要なのかもしれんと思うんやが…」
言葉の終わりのほうを、わたしはほとんど独りごとのように言っていた。このとき、わたしはそれとなく、仕事上の具体的な人間関係を思っていたのだった。
墓を掃除しながら、祖先照鑑と言う言葉をわたしは思い浮かべていた。祖先に鑑られている。神仏に鑑られている。漠然とだが、人はだれでもそれを意識しているのだろうか。″見られている≠サれは神仏の場合だけではなく、わたしの場合はもっと卑近に、人の目であったりする。人の目を意識して、自分を律する。だれも見ていなければ、なにをしでかすか判らないわたしがある。
子供にとっては、いつも親から見られている。そんな親の目、親の思いを感じていてくれるのだろうか。それは親の片思いなのかもしれないが―。高校生の息子は見られているというのを、どのように感じているだろうか。
墓掃除をすませ、墓石に水をかけながら、わたしは母親の戒名を何ども口の中でくりかえしていた。母親はわたしが高校生のとき、病気で他界している。さぞ、片思いのもどかしい思いでいたことだろう。墓地はそこここで、草を焼く煙がたちのぼり、たなびいて煙っていた。
数日の盆休みが終わって、仕事が始まった。車に棲んでいる蟻はごくわずかだが、まだ生きていた。餌はどうなっているのだろうか。まさか、ガソリンを喰っているわけではなかろう。
思いあたることがひとつある。車のグローブボックスの中に、十円玉ばかり入れている磁石つきスチール製の小箱がある。会社からのポケットベルの呼びだしに、その電話のために用意した小銭入れである。呼びだされ、電話をかけようと小銭入れに指をつっこみ十円硬貨を取りだしたとき、指に何匹かの蟻がついていた。それで箱を取りだしてみると、かなりの蟻がはいっていた。巣にしているのか、それとも人の触れた十円の手垢が食料になるのかと、そのとき思ったものだ。
そのときも、フロントガラスに蟻が数匹這っていた。押しつぶそうと指を持っていくと、それは目の錯覚で、蟻はガラスの外側にいた。わたしは意地になってワイパーレバーを操作し、ウオッシャーボタンをこれでもかこれでもかと押して石鹸水を出しつづけた。カミは生殺与奪の力を持っている。このカミはときによって、慈悲深くも悪魔ッぽくもなった。(食料のないこの世界で生きるのは苦痛だろう。一瞬に、洪水で命を奪うのはカミの慈悲だと思え)
盆明けの交通渋滞に巻きこまれのろのろ運転のさなか、わたしの脳裏にふと、はるかに遠く少年のころの記憶が過ぎる。(何だろう−)とわたしはその思いを思い出すままにたどった。
母親の郷里にわたしたち兄妹はいた。やがて始まるまつりの山車の木製車輪が、ため池に浮かんでいた。池の水ぎわに黒ぐろとかたまりになって、おたまじゃくしが群れている。池の中ほどでは時どき、茶褐色の親指大のおたまじゃくしが酸素呼吸のため水面に急浮上しては、すぐに潜った。ひき蛙のそれかもしれない。池の堤にたくさんの蛙がいた。あぜ道にも田んぼにも、蛙の鳴き声がにぎやかだった。母親が子供のころそうして遊んだように、割り箸の先に糸を結び、糸の先に小さく綿をくくりつけた。あぜ道から田んぼの中の蛙の鼻先に綿のついた糸を垂らす。ゆっくりと上下に動かしていると、蛙は疑似餌に飛びついた。蛙釣りは面白い遊びだった。
母親が娘のころ通っていた女学校にまで足をのばしての寄り道だった。浜に近い丘の、松林のなかに校舎はあった。道みち、母親の子供のころの思い出ばなしは、聞いていて楽しかった。が、子供たちには遠い寄り道になった。幼い末の妹は歩き疲れて、母親の背中に負ぶさっている。夕焼けはやがて残照となって陰影を濃くしていた。どこかで練習をしているのか、まつり太鼓や鉦の音が風にのって遠くに近くに聞こえていた。どこまでも続く畑や田んぼ。その中をぬうようにどこまでも続く砂利道は、はるか闇に続いている。そのとき、妹が履いていた下駄の鼻緒が切れた。母親は履いていた自分の下駄をぬいで妹に履かせた。下の妹を背負い鼻緒の切れた下駄を後ろ手にぶら下げながら、母親は素足で歩いた。小石だらけの道にさぞ足裏が痛かろうと、兄は母親を気遣った。鼻緒を切らした妹を、兄は少しばかり腹立たしく恨みに思っていた。
母親と兄妹は、疲れた足どりで家路を急いでいた。前方に、のっそりのっしと道を横切る生きもの影があった。不機嫌に先頭を歩いていた兄はどきりとして立ち止まり、母親を振りかえった。のっしと歩く感じが地を這う黒いかたまりになって不気味だった。
(何だろう)
兄は闇をすかして見ようとするが、はっきり正体がわからない。
(亀かもしれんよ)
そのとき、母親はいった。
(亀か!つかまえて持ってかえろう)
兄妹は歓声を上げてその生き物に走り寄った。そして、思わずどきりと立ち止まった。異様に大きなひき蛙が、ほとんど道を渡り終えようとしていた。兄妹はこんなに大きな蛙を、今までに見たことがなかった。兄はその不気味な姿に怖れ、愕き、亀を飼おうと思った愛玩の気持ちを裏切られたような気がした。とっさに道の小石を拾って、しかし怖ごわに投げた石がぼこんと鈍い音を立てて蛙に命中した。はっとして、兄は母親を振りかえった。母親はなにも言わなかった。それからの兄の行動は止まらなかった。妹も兄に倣って石を投げる。蛙は畦の溝に落ちた。あおむけに白い腹をさらして、脚を緩慢に動かしていた。母親がうしろから見ていることに、なかば腰が引けながらも安堵していた。しかし、大変にむごい行為をしているとは思っていた。ほんとうは当てるつもりのない石が、脅かすだけに投げた石が偶然に当たったことで、どうしようもなく、兄はその残虐な行為をやめることができなかった。
渋滞からなかなか抜けだせなくて、ほとんど習慣的に、わたしはハンドルを握って車の流れにのっていた。石を投げつづけ、腹が裂けて、内臓が現れた蛙の様が鮮明に思い出された。大きなひき蛙は、遠征先から棲みかの池に帰る途中だったのかもしれない。そう思ったとき、唐突に、わたしはある思いに行き当たって「アッ」と小さく声を出していた。あの蛙は、車をバックさせるときに轢いたのではなかったのか。蛙はたまたま轍のところにいたのかもしれない。偶然にしろ、蛙は四度も車のそばにいたではないか。五度目だっていたのかもしれない。そして、蛙はタイヤに付着し、あるいは車体に付着し、付着した蛙の死体に蟻がよじ登ってきたのではないか。これはあくまでも想像だ。神ならぬ身の知るよしもない。
月刊「アドバンス大分」1989年(平成元年)9月号